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生命保険を考える-生命保険は本当に必要か
生命保険の必要性について。
前回の生命保険協会の中で、現在取りざたされてる保険金不払い問題。よくテレビの街頭インタビューで 「加入の時ばかり一生懸命で・・・」などとキビシイ意見はよく聞かれるところです。生命保険は万が一のためのもの。
ところでどんなとき保険を考えるんでしょうか?
あなたがもし学生で、まだ親の仕送りをもらいながら大学に通っているとして、その頃生命保険というものに入るかどうかは考えないでしょうね。しかし私は親の薦めもあって、20歳代ですでに加入していました。
受取人は配偶者などまだいないので、肉親がそれになりましたが、大学卒業してしばらく経つまでは見直しは一切しませんでした。
生命保険というのは、今思うと加入期間が重要なのだなあとおもいます。というのは長期にわたって加入実績がないと、その後特約を追加したり、保険金の見直しをして生存中の補償などの厚みを持たせるなどといったことは、無理だと知ったからです。
非常に加入したときは、超長期の死亡保障のみの終身保険でしたから、働きだして非常に身体も堪えるようになって、保険の見直しをすることになり、医療保障を加えたり、年金保険を新たに加入致しました。
実際保険を別々の会社に個別で加入するよりも、保険の組み立てがわかりやすいし、相談窓口がひとつであれば、それだけ資料についての疑問も相談しやすく、自分でも組み立てがしやすいと思います。
生命保険というのは、確かに使う機会がほとんどないからこそ成立する補償ではあります。しかし、自動車運転で私も過去事故を起こしたとき、示談やその他一切を保険会社が全て行い、ほとんど私は何もしなかったことを考えると、使うときになって初めてその仕組みや、内容についてわかるようになるものだと感じました。
生命保険は長期計画を立てられなくても、むしろ逆に将来設計、人生設計をする機会でもありました。最初はただ加入しておけばいいという考えから、この時期に倒れたらちょっとキビシイ・・と考えたり、年金もTVで伝えられるたびに、高齢化していく社会で、もし自分一人で老後を過ごさなくてはならないとしたら・・・。
不安は考えればきり無いのですが、仕事中怪我をしたり、病院でCRTの検査をしたり、人間ドックを薦められたりの歳になると、「もしも・・」は現実的に思えるようになりました。例えば血液検査で異常数値がでたとしますよね?
その時、「もしかしたらC型肝炎かも知れない」とお医者さんから診断を受けたら、真っ先に頭に浮かぶのは”入院費用”と”仕事”。考えてみれば生存中に受けられる補償というのは保険を除いてほとんどありません。全て実費です。
特に医療はこれからも自己負担率は確実に上昇するでしょう。このままでいけば、税金の大半が高齢者に注がれる時代になるはずですから。そうなると頼りにするのは自分しかない。しかし貯蓄でまかなおうにも、何時どんな病気が、事故が有るかは誰にも予測は不可能です。
事実引っ越しした翌日に具合が悪くて入院した・・なんて事があった場合、治療費入院費の他に、生活費、住宅ローン などがすぐに頭に浮かぶでしょう。
こういったことは、生活費がまだ軽いうちは気がつかないものなのです。
生活のために保険料は払えない・・。確かにそういったこともあるとは思いますが、わたしの考えでは「多少生活費を削っても、保険は入っておくべきだ」と思います。
年金保険とかそういった貯蓄型の保険は、ほとんどが単独加入というより、基本となる(主契約ではなく)終身保険に加入していることが条件となっていることがあります。まずは生命保険などは保険の主契約ですが、この契約期間などを基準にしている場合があります。ローンがキビシイので、保険を再構成し過去にさかのぼって払った保険料を払い戻してもらって、医療保険を厚くし結婚までは死亡補償を軽くして、万が一労働が出来なくなったときのために備え、他に年金保険で貯蓄しておくといったように、生命保険(積み立て)は加入後柔軟に構成を変え、自分のライフスタイルに合わせることが出来る生命保険もあります。
案外、年令ごとに保険の見直しをして、その保険が本当に自分に合っているかどうかは、契約者本人は理解していないものです。生命保険協会が設立した背景には、不正を防ぐといった役割の他、保険に対する一般的な相互理解がまだまだ十分でないという事からきているのでしょうね。
景気は相変わらず”上向いている”かどうかはあまりはっきりとはせず、私達の暮らしは常に向上していこうとします。生活水準の上昇と共に、支出が増え続けることにもなっていますし、一方働き手が死亡や入院すると、一瞬で収支と支出のバランスが一気に崩れ去ります。
いまは長寿社会といわれますが、その分一体いつまで生活を支えてゆけるのかは誰にもわかりません。
保険は相互扶助の精神から誕生しました。考えてみれば、危険を綿密に計算して分析し、契約成立後から即座に大きな補償が得られるというのが生命保険のシステムです。
しかもその機能は、今や医療、傷害だけでなく養育費、結婚、住宅資金の確保などたような機能を提供するようになってきました。
現代は少人数構成の家族、つまり核家族化によって、親戚同士の相互援助のようなものより、自己責任に対する意識が高まってきました。にもかからわず、生活習慣病など社会的にもその病気、あるいは大きな航空事故、海外での事件など社旗情勢には不安となる要素が増えてきました。
老後の不安などはもう誰しもが感じることでしょう。それに比べた場合、果たして社会保障制度としての公的補償制度は、非常に今不安定な状況にあるといわざるを得ませんね。私達が暮らしていけるだけの補償は必ずしもその要求には堪えているとはいえません。
もう年金は崩壊の一歩手前まで来ているような気さえしますしね。
現在平成15年度時点で、とある会社のデーターによると生命保険契約件数は5億7千826万件、契約高約1千609兆円、総資産約184兆円ということになっていました。契約高はなんと国民所得の約4倍。
ここまで強大な産業となったワケですから国家予算ほどの資産、さすがに何かあればいわれるのも無理はない気がします。
人は必ず年をとりますし、死亡する確率は年令と共に上がっていきます。若いときは当然死亡率が低いのですが、年をとるたびに死亡率が上がるため、若い人はただ保険料を納めているだけであり、年老いた人だけがその支払われたお金を使うのなら非常に不公平ですよね?従って保険会社は死亡率という比率で計算し、公平な危険分担をしています。
年金はもうこの当たりが崩れていまして、支払った保険を悪用したり、転用したりと色々問題が出ていますよね。
保険は危険における自己負担のリスクを分担し合うもの。相互扶助があくまでも基本。
私個人の意見としては、人生設計を考えるとき、この生命保険無しでは組み立てることは無理だと考えています。
前回の生命保険協会の中で、現在取りざたされてる保険金不払い問題。よくテレビの街頭インタビューで 「加入の時ばかり一生懸命で・・・」などとキビシイ意見はよく聞かれるところです。生命保険は万が一のためのもの。
ところでどんなとき保険を考えるんでしょうか?
あなたがもし学生で、まだ親の仕送りをもらいながら大学に通っているとして、その頃生命保険というものに入るかどうかは考えないでしょうね。しかし私は親の薦めもあって、20歳代ですでに加入していました。
受取人は配偶者などまだいないので、肉親がそれになりましたが、大学卒業してしばらく経つまでは見直しは一切しませんでした。
生命保険というのは、今思うと加入期間が重要なのだなあとおもいます。というのは長期にわたって加入実績がないと、その後特約を追加したり、保険金の見直しをして生存中の補償などの厚みを持たせるなどといったことは、無理だと知ったからです。
非常に加入したときは、超長期の死亡保障のみの終身保険でしたから、働きだして非常に身体も堪えるようになって、保険の見直しをすることになり、医療保障を加えたり、年金保険を新たに加入致しました。
実際保険を別々の会社に個別で加入するよりも、保険の組み立てがわかりやすいし、相談窓口がひとつであれば、それだけ資料についての疑問も相談しやすく、自分でも組み立てがしやすいと思います。
生命保険というのは、確かに使う機会がほとんどないからこそ成立する補償ではあります。しかし、自動車運転で私も過去事故を起こしたとき、示談やその他一切を保険会社が全て行い、ほとんど私は何もしなかったことを考えると、使うときになって初めてその仕組みや、内容についてわかるようになるものだと感じました。
生命保険は長期計画を立てられなくても、むしろ逆に将来設計、人生設計をする機会でもありました。最初はただ加入しておけばいいという考えから、この時期に倒れたらちょっとキビシイ・・と考えたり、年金もTVで伝えられるたびに、高齢化していく社会で、もし自分一人で老後を過ごさなくてはならないとしたら・・・。
不安は考えればきり無いのですが、仕事中怪我をしたり、病院でCRTの検査をしたり、人間ドックを薦められたりの歳になると、「もしも・・」は現実的に思えるようになりました。例えば血液検査で異常数値がでたとしますよね?
その時、「もしかしたらC型肝炎かも知れない」とお医者さんから診断を受けたら、真っ先に頭に浮かぶのは”入院費用”と”仕事”。考えてみれば生存中に受けられる補償というのは保険を除いてほとんどありません。全て実費です。
特に医療はこれからも自己負担率は確実に上昇するでしょう。このままでいけば、税金の大半が高齢者に注がれる時代になるはずですから。そうなると頼りにするのは自分しかない。しかし貯蓄でまかなおうにも、何時どんな病気が、事故が有るかは誰にも予測は不可能です。
事実引っ越しした翌日に具合が悪くて入院した・・なんて事があった場合、治療費入院費の他に、生活費、住宅ローン などがすぐに頭に浮かぶでしょう。
こういったことは、生活費がまだ軽いうちは気がつかないものなのです。
生活のために保険料は払えない・・。確かにそういったこともあるとは思いますが、わたしの考えでは「多少生活費を削っても、保険は入っておくべきだ」と思います。
年金保険とかそういった貯蓄型の保険は、ほとんどが単独加入というより、基本となる(主契約ではなく)終身保険に加入していることが条件となっていることがあります。まずは生命保険などは保険の主契約ですが、この契約期間などを基準にしている場合があります。ローンがキビシイので、保険を再構成し過去にさかのぼって払った保険料を払い戻してもらって、医療保険を厚くし結婚までは死亡補償を軽くして、万が一労働が出来なくなったときのために備え、他に年金保険で貯蓄しておくといったように、生命保険(積み立て)は加入後柔軟に構成を変え、自分のライフスタイルに合わせることが出来る生命保険もあります。
案外、年令ごとに保険の見直しをして、その保険が本当に自分に合っているかどうかは、契約者本人は理解していないものです。生命保険協会が設立した背景には、不正を防ぐといった役割の他、保険に対する一般的な相互理解がまだまだ十分でないという事からきているのでしょうね。
景気は相変わらず”上向いている”かどうかはあまりはっきりとはせず、私達の暮らしは常に向上していこうとします。生活水準の上昇と共に、支出が増え続けることにもなっていますし、一方働き手が死亡や入院すると、一瞬で収支と支出のバランスが一気に崩れ去ります。
いまは長寿社会といわれますが、その分一体いつまで生活を支えてゆけるのかは誰にもわかりません。
保険は相互扶助の精神から誕生しました。考えてみれば、危険を綿密に計算して分析し、契約成立後から即座に大きな補償が得られるというのが生命保険のシステムです。
しかもその機能は、今や医療、傷害だけでなく養育費、結婚、住宅資金の確保などたような機能を提供するようになってきました。
現代は少人数構成の家族、つまり核家族化によって、親戚同士の相互援助のようなものより、自己責任に対する意識が高まってきました。にもかからわず、生活習慣病など社会的にもその病気、あるいは大きな航空事故、海外での事件など社旗情勢には不安となる要素が増えてきました。
老後の不安などはもう誰しもが感じることでしょう。それに比べた場合、果たして社会保障制度としての公的補償制度は、非常に今不安定な状況にあるといわざるを得ませんね。私達が暮らしていけるだけの補償は必ずしもその要求には堪えているとはいえません。
もう年金は崩壊の一歩手前まで来ているような気さえしますしね。
現在平成15年度時点で、とある会社のデーターによると生命保険契約件数は5億7千826万件、契約高約1千609兆円、総資産約184兆円ということになっていました。契約高はなんと国民所得の約4倍。
ここまで強大な産業となったワケですから国家予算ほどの資産、さすがに何かあればいわれるのも無理はない気がします。
人は必ず年をとりますし、死亡する確率は年令と共に上がっていきます。若いときは当然死亡率が低いのですが、年をとるたびに死亡率が上がるため、若い人はただ保険料を納めているだけであり、年老いた人だけがその支払われたお金を使うのなら非常に不公平ですよね?従って保険会社は死亡率という比率で計算し、公平な危険分担をしています。
年金はもうこの当たりが崩れていまして、支払った保険を悪用したり、転用したりと色々問題が出ていますよね。
保険は危険における自己負担のリスクを分担し合うもの。相互扶助があくまでも基本。
私個人の意見としては、人生設計を考えるとき、この生命保険無しでは組み立てることは無理だと考えています。